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Sumire

Author:Sumire
札幌生まれ札幌育ちの道産子。道内公立高校を卒業し、2010年1月渡米、スペイン語を専攻し、2013年12月卒業。
趣味は外国語の勉強とタップダンスと行き当たりばっ旅。在学中に4つの外国語を学び、アメリカを拠点に6カ国で生活しました。座右の銘は「思い立ったが吉日」今日も気ままに生きてます。


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ブータンの生活レポート⑤ 選挙

去る7月13日(土)はNational Assembly(国民議会)の総選挙の投開票日でした。
NHKでも取り上げられたようなので、すでにご存知の方も多いでしょうが、
野党のPDP(People's Democratic Party、国民民主党)が47議席中32席を獲得し、
与党DPT(Druk Phuensum Tshogpa、ブータン調和党)をおさえて政権交代が決まりました。

2008年に民主化したばかりのブータンは、今回の選挙が2回目。

余談ですがブータンの民主化の過程は非常に興味深いものがあります。
国民が民主化を求めたわけではなく、ましてや革命が起こったわけでもなく、
ブータン人の話によれば、国王自ら人々の家をたずねて民主主義の大切さを説いて回ったのだとか。

King: We need democracy in Bhutan!
People: Noooo we don't want democracy, we want YOU!!!

という冗談のような本当のような会話が交わされたとかなかったとか。

ともかく、そのような(?)国王の努力の末、4代国王の退位と5代国王の即位と共に、constitutional monarchy(立憲君主制)が誕生、政権が国王から国民の手に移りました。

それでも国王の存在はまだまだ大きくて、
今回出馬した(そして惜しくも落選した…)政治家の話によれば、
現国王が仮にも一言 "That party....Hmmmm...."(あの政党はねぇ。。。うーん。。。)と漏らしたなら、
そのたった一言でその政党を潰すことができる、そうな。
「あの国王がそう言うのだから、あの政党にはきっと何かあるに違いない」と。
もちろん国王は絶対にそんなことを言わないだろうけど、それほど国王の言葉には影響力があるんだよ、と彼は言っていました。

ま、そんなことより、私にとって関係があったのは、選挙まで集会禁止だったことと、前日の夜から全部お店が閉まっていたことと、アルコールの販売が禁止されていたこと、当日仕事が休みになったことくらい(笑)。

金曜日は祝日で、ぱーっと飲みに行こう〜と思ったのに、
6時以降アルコール販売が禁止、
警察が銃を持って(!)パトロールしているし、
どのバーもカラオケも閉まってる。
せっかくの連休だったのに!
しかたなく家に帰りました。

ちなみにアルコールの販売が禁止されたのは、
酔うと(投票の時)正常な判断ができないから、という理由だったらしいです。

たくさんの人が投票のため里帰りし、選挙当日の街はさらに閑散としたようす。
「買い物してコーヒー飲んでくる」とダウンタウンへ出かけて行ったルームメイトも、
一時間後に「お店全部閉まってた…」とうなだれて帰ってきました。

6月の頭にブータンに着いた時から選挙の話でもちきりだったブータン。
この後もしばらくは政治の話で盛り上がることでしょう。きっと。

あ、ブータンの選挙制度など知りたい方はぜひこちらのシリーズをご参照くださいませ。
とても参考になります。

ブータンの「ネット選挙」(1)
ブータンの「ネット選挙」(2)
ブータンの「ネット選挙」(3)
ブータンの「ネット選挙」(4)
ブータン総選挙投票日ドキュメンタリー
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ブータンの旅レポート④ 東西横断:東ブータン

ブムタンから車でさらに東へ進むこと10時間。
観光客もめったに訪れることのない東部ブータン(モンガル・タシガン地方)。

標高の高い中央部が、セーターとストーブを必要とするほど寒かったのに比べ、
1000〜2000メートル程度の標高しかない東部は寝付けないほど蒸し暑い。
ちょうど、北海道から九州に移動したような感じです。
窓を開けてドライブしていると、空気の密度(?)が変わるのがはっきり感じられ、
木の種類も、針葉樹林から照葉樹林、亜熱帯の密林と標高に合わせて変化が見られます。

ブータンは、西部と東部、大きく二つの文化圏に分けられるそうです。
チベット文化の影響を大きく受け、言語もチベット語に近い西部と、ブータン先住民(ツァンラ)の伝統文化が息づく東部。
例えば織物や工芸など、ブータンの伝統文化のルーツをたどっていくと、そのほとんどが東に行きつくのだそうです。


【モンガル地方】

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東部ではとうもろこしの栽培が盛ん。
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ジャングルのように生い茂る木々。
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Monkey!!!
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道路脇の小さなお店。
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地元のレストラン。
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モンガルからタシガンへ向かいます。

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民家。
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道端のマーケット。
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【タシガン地方】
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山の中腹に小さく見えるのがタシガン・ゾン(県庁/寺院)。
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最終目的地ロントン村と隣のカンルン村。
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お世話になった、築300年以上の格式あるお家。建物は古いけど中は快適!
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下校中の高校生たち。
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緑に囲まれた、ブータンの名門大学 シェルブツェ・カレッジ
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ロントンは、友達曰く "It feels like a beach, except there's no ocean."
海じゃないけど、ビーチにいるみたい。
気持ち良い風が吹いて、目の前に緑の海が広がっていて、
なんだかリゾートに来たような気分。

そういえば夜には蛍を見ました。
真っ暗闇の中に浮かぶ小さな小さな光。


8月にまたロントンを訪れる予定です。楽しみ!

ブータンの生活レポート④ 言語事情

ブータンは国土面積が九州とほぼ同じ、人口は約70万人と小さな国ですが、
「谷ごとに言葉が違う」と言われるくらいたくさんの言語が話されています。
本によって、16と書いてあったり、24だったり…。
ブータンに数多く存在する少数民族の言語はあまり調査されていないそうで、その実態は謎に包まれています。

主な言語は、西ブータンで話され国語であるゾンカ、東ブータンのシャショップ、ネパール系ブータン人が多い南部で話されているネパール語。

インド系移民も多く、それに映画・テレビドラマや音楽の影響で、ヒンディー語が話せる人もたくさんいます。

例えば私の同僚(東ブータン出身)は、
①シャショップ ②ゾンカ ③英語 ④ヒンディー語 ⑤ネパール語 
⑥少しだけ韓国語(韓国ドラマを見て覚えた)を操るマルチリンガル。

1970年代に始まった学校教育は、ゾンカのクラスを除けば全て英語でおこなわれているため、学校教育を受けた人であれば英語も話せるのが普通。
ゾンカよりむしろ英語の方が得意という人も少なくありません。

そのせいもあって、ほとんどの人が程度は違えど英語とゾンカを自由に混ぜて話しています。
ゾンカの文に英単語を入れて話したり、文を英語で始め途中でゾンカに変わり、また英語に戻ったり。

例えば日本で新しいカタカナ語が生まれるように、ゾンカに英単語が取り入れられていくのはよくわかります。
それよりおもしろいのは、「英語が」ゾンカに適応して、「ゾングリッシュ」とでも呼ぶべきブータン特有の英語が生まれていること。

どういうことかというと…。

ゾンカには日本語や韓国語のように敬語があり、文末に「ラ」をつけると丁寧な表現になります。

クザンポー(こんにちは)→ クザンポー・ラ
カディンチェ(ありがとう)→ カディンチェ・ラ
イン(はい)→ イン・ラ
ンガ・ジャパン・レイン(日本からきました)→ ンガ・ジャパン・レイン・ラ

などなど。

そのルールに従って、英語で話している時でさえも、目上の人と話す場合や初対面の挨拶、フォーマルな場では文末に「ラ」を付けて話します。

Hello-la.
Thank you-la.
Yes-la.
I'm from Japan-la.

最初「ラ」を聞いた時は言い間違いかと思いました。
うっかり「ラ」を付けちゃったのかなと。

でもそうじゃないことがすぐにわかりました。
付けるべくして付けていたんですね。
ビジネスミーティングとか、ラジオとか聞いてると「ラ」の連発。

それから、ゾンカで丁寧な相づちを打つとき「ラス」と言うのですが、
英語で話しているときも、やっぱり同じ。
Uh-huh とか yes とか I see じゃなくて、
「ラス、ラス」と相づちを打つんです。

最初は笑っちゃったけど、気持ちはよくわかる。
英語に敬語がないことが、楽なようで、
逆に目上の人にどう話していいのかわからなくて困ることもあるからです。
そのためアメリカの大学に入ってすぐの頃は、
教授に話すのがすごくためらわれたのを覚えています。
もちろん日本語のように厳密なルールはなくても、
英語にだってちゃんと相手に応じた丁寧な話し方というものがあることが今ではわかりますが、
当時は「英語にも敬語があればいいのに」と思ったものでした。

丁寧と言えば、"madam" と "sir" の多用も特徴的。
ブータンの子供はみーんな私のことを「マダム」と呼びます。
そして質問に答える時は必ず
"Yes, madam." "No, madam."
未婚の若い女性(私のこと)をマダムと呼ぶのは実はとても失礼なんですが(笑)
もちろん彼らに悪気はありません。
私より年下の同僚のディキも「マダム・ディキ」だし、
同い年のドルジも「サー・ドルジ」だし。


☆一言ゾンカいわ☆
こんにちは:クザンポー(ラ)
ありがとう:カディンチェ(ラ)
元気ですか?:チェ・ガデベ・ユェ?
元気です:ンガ・レジム・ユェ
ごはん食べた?:チェ・トゥ・ザイ・ガ?
食べたよ:ンガ・ザイ
オーケー:トゥプ
かわいい:ジャリム
I'm having a damn good time:チョディ・チョディ


☆上級編☆ ゾンカ普及委員会制作 ゾンカ辞典より抜粋
お肉は干すととてもおいしい:シャカム・ザ・ワ・チンズィム・トト・オン
その小さい犬を売って下さい:ロチ・チュンク・デ・ンガ・ル・ツォン・ナン
年を取ったら若い人と交わってはいけません:ロ・ゲプ・ダ・ジョムミ・ギェ・カマ・ヅェ
寒い場所でマフラーをすると暖かくなります:サ・ジャンサ・ロプダカ・トリ・キワ・チン・ドロ・オン
あなたの妹をお嫁にください:チェギ・シーム・デ・ンガ・ル・ナン・マレ・ラ
私の妹は現時点では若すぎます:ニ・シーム・デ・ダト・チュンンク・ライン・ラ
じゃあいいです:デベン・ケ・ミヌ


そんな感じで…。
楽しくゾンカ/ゾングリッシュを学んでおります。

Bye-la!

ブータンの旅レポート③ 東西横断:中央ブータン

写真で振り返る中央ブータン(トンサ・ブムタン地方)。

遠くから見たトンサ・ゾン(トンサ県の県庁/寺院)と市街地
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ブムタンの田舎道
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中央ブータンは2,600〜4,500メートルと標高が高く、蕎麦や麦の栽培や牛の放牧が盛ん。
特にブムタン地方はブータンで最初に仏教が伝わった場所で、初代国王が生まれた場所でもあり、宗教的にも政治的にも大切な場所のようです。


【トンサ地方】

トンサの町の中
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チャタムという町
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レストランでの食事。手前はマッシュルーム・ダツィ
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Monkey!!!
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仲間もやってきた!!Monkeys!!!!
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【ブムタン地方】

ジャカル市街
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ブムタン名物 チーズのお店
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お土産屋さん
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ブータンに仏教を伝えたGuru Rimpocheの寺院「クジェ・ラカン」
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ジャカルからウラへ。

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人口1000人ほどのウラの村
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ウラで出会った子供たち
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乾燥唐辛子
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次は東ブータン。

ブータンの旅レポート② 東西横断:雲の中のドライブ

先週、出張という名のブータン東西横断旅行に行ってきました♪
NGOの代表と、インターン二人、そして運転手さんの、合計4人。
月曜日から土曜日まで、6日間かけて東の端まで。

今インターンをしているNGOはティンプーを含め全国に5つのセンターがあり、
今回は中央のブムタン地方と東部のタシガン地方にある二つのセンターを視察することが目的でした。

首都ティンプーからタシガンまでは直線距離で200kmほどしかないのですが、
舗装もままならない曲がりくねった山道がひたすら続くため、
平均時速30km、所要時間は20時間以上。
6日間のうち4日間、合計40時間以上を車の中で過ごすというなかなかの強行スケジュールでした。

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【旅程】
1日目:ティンプー〜プナカ〜トンサ〜ジャカル
2日目:ブムタン県ウラ村のセンターを訪問
3日目:ジャカル〜モンガル〜タシガン
4日目:タシガン県ロントン村のセンターを訪問
5日目:タシガン〜モンガル〜ジャカル
6日目:ジャカル〜トンサ〜プナカ〜ティンプー

ちなみに観光ツアーの場合はもっと時間をかけてゆっくりと進むそうです。
中央のブムタン地方まで行って帰って12日間とか。

移動と仕事ばかりで、今回は観光は一切なし><
それでも、車窓からブータンの地方の暮らしぶりが垣間見え、
NGOのスタッフや利用者の話を聞けたことだけでも収穫の多い旅でした。

***

40時間ただ座ってるのも辛いですが、
一番大変だったのは紛れもなく運転手さんでしょうね。
それも、普通の道路じゃなくて、
1.道幅が狭く(車がやっと2台通れるくらい)
2.片側は崖
3.急カーブの連続で
4.障害物が多く
5.道が悪い上に
6.天気も悪く(今はモンスーンの季節で雨が多い)
7.非常に見通しが悪い。

雨で道がぬかるんでいて、交通量もほとんどないこんな山の中で動けなくなったら大変…とひやひやする場面も。
このスリル感を伝えられる写真がないのが残念です。

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(↑ 雨+ぬかるみ+霧)

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(↑ 障害物。笑 道路は彼らと共有です)

それでも、運転歴15年のベテランドライバージグメさんは、
ぬかるみも、どしゃ降りに洪水も、深い霧も土砂崩れの跡も、
道の真ん中で寝ている牛もものともせず、
次々と訪れる難関を乗り越え(笑)無事私たちを目的地へ運んでくれました。
ちなみに「ジグメ」は "No Fear" という意味なんですって。良い名前。

***

移動時間の8割は雨と霧だったとしても、
視界が開けたときの景色は息を呑むような美しさでした。

途切れることのない山々、
見渡す限り広がる緑の中に点在する民家。
道端で草を食む牛や馬たち。
都市がなく、小さな農村が存在するのみ。

自然環境の保護に力を入れているブータンは、国土面積の約7割が森林だそうですが、
今回旅した標高1000〜3500mの地域は森林が90%以上を占めているのではないかと。

人が住む場所と、自然の残る場所が、
別々の場所にあるのではなくて、
人の生活が自然の中に溶け込んでいる。
国民のほとんどがそうやって生活している。

それだけのこと。

それはそれで問題がたくさんあって、犠牲があって、
農家の暮らしを美化することはできないけれど、
自然と動物と人間が共生するようすに心を奪われずにはいられませんでした。

「開発」が進んでも、こういうライフスタイルが尊重される社会であってほしい。
道中そんなことを考えていました。
すれ違う車の数を数えながら。

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