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Sumire

Author:Sumire
札幌生まれ札幌育ちの道産子。道内公立高校を卒業し、2010年1月渡米、スペイン語を専攻し、2013年12月卒業。
趣味は外国語の勉強とタップダンスと行き当たりばっ旅。在学中に4つの外国語を学び、アメリカを拠点に6カ国で生活しました。座右の銘は「思い立ったが吉日」今日も気ままに生きてます。


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秋学期を振り返る

ちょっと時間を巻き戻して、秋学期について振り返ってみようと思います。
「卒論を書くため」に自分自身に与えた時間。
この最終学期は、自分への贈り物だと思いました。
だからこそ大切に使いたい。

でも、肝心の卒論の方はというと、9月にブータンから帰ってきたとき、実は完全に道を見失っていたというか、やる気を失っていたというか…。
ブータンでやるはずだったフィールドワークも思うように進まず、リサーチも不十分で、何が書きたかったのか、何が書きたいのか、もう全然わからない。
続けたいかどうかさえ、疑問。
そんな状態で秋学期がスタートしました。

アドバイザーのR教授にその気持ちを正直に話すと、
「卒論として認められるまでにはいろいろな要因が関わっているから(教授のスケジュールの都合とか)、もし卒論にならなくても君のせいだけじゃないからプレッシャーを感じなくていいよ。とりあえずそれを目指して書いてみて、だめだったら長いリサーチペーパーになるというだけだよ」と、慰めともあきらめともつかないことを言われ。。

完成図が描けず、遅々として執筆が全く進まないまま9月が過ぎていきました。

●○●○

9月いっぱい、ほとんど卒論に手がつけられなかったのにはもう一つ理由があって、
それはキャンパスのバイト3つとインターンシップに週25〜30時間ほど費やしていたから。
今学期になって初めて、近くの高校のライティングセンターの指導をするポジションについたのですが、それが私の時間とエネルギーをすっかり奪っていたのでした。

一度引き受けたからには、最後までやり通したい。
でも、現実は、バイトと卒論を全く両立できていない。

どうしよう、どちらかをあきらめようか、でもどちらもあきらめられない、、悶々。
いつも、バイトを優先してしまうのは、それが自分にとって本当に一番大切だからなのかな、
それとも、他人に迷惑をかけないために、約束を守るためだけにやっているのかな。
今、本当にこの仕事に情熱を感じているのかな。
自分との約束(卒論)と他の人との約束(バイト)どっちが大切かな。
悶々。

でも、よくよく考えてみると、バイトとインターンシップを簡単に切り捨てられなかった理由があって、それは、
最後の学期、自分の研究にももちろん取り組みたいけれど、大学内外のコミュニティに貢献したいという気持ちが強くあったからなのです。
それに、バイトとインターンは、誰かの役に立っているという実感や、人に感謝されるという形で、自分の仕事の成果がすぐに形となって表れて自分にかえってくる。

卒論は、地味で、やってもやらなくても、誰にも迷惑もかからなければ、成果がすぐに表れるということもない。
感謝ももちろんされない。

弱い心がむくむくと大きくなって、
卒論、やめよっかなー。。。
いやでも、卒論を書くために大学に戻ってきたんだから、今さらやめるとも言えないし…(かっこつけたがりなので)。

●○●○

もう一つ、卒論に力を出し切れなかったのは、心理的な壁のせいでした。
内容にも、自分の書く能力(英語)にも、全然自信がない。
「書く」ということに真剣に向き合うのが怖かったのかも。
「卒論」という形にばかりとらわれて、自分にプレッシャーをかけすぎていたのかもしれません。

でもその気持ちをアドバイザーや何人かの友達や教授に話してみると、
卒論は別にlifeworkじゃなくていいんだよ、と。
卒論が私の存在価値を決めるわけじゃない。書く能力を決めるわけじゃない。
うまく書けても書けなくても、今いる場所から、踏み出さなければいけない最初の一歩なんだよ、と。

R教授に言われました。
形にとらわれなくていい。
これまで学んだ「アカデミック」な文章の書き方のルールを忘れなさい。
「卒論はこうでなくてはいけない」という考えを捨てなさい。
期待に添えようとしなくていい。
自分を解き放ちなさい。自分自身に書く権利を与えなさい。
"Free yourself. Allow yourself to write. Write from your heart."

●○●○

方向性が定まらないまま、でも書きたいという気持ちが少しずつ戻ってきたところで、9月末。
卒論の草稿の提出締め切りまで1ヶ月。

もう本当に書き始めないと間に合わない!
やっぱりここであきらめたくない。

決心を新たに、9月の反省を活かして、自分の時間の使い方と優先順位を見直しました。

バイトもインターンも続けることにしましたが、シフトを減らして、私がやる必要のないことはすべて他の人にまかせることにしました。
ミーティングも、全部時間制限を設けて、だらだらと仕事をしない。

それから授業を一つ減らしました。

あと、もう一つ時間を取っていたのがメールや携帯チェックだということに気づきました。
メールの時間を決めて、緊急のメール以外は返さない。
Mailアプリを起動しない(メールが来るたびに読まずにいられないから)。
携帯もサイレントモードに切り替えて、電話も出なければテキストも返さない。

自分のパソコンで作業するといろいろ他のことを始めてしまうので、卒論に取り組んでいる間は学校のパソコンを使う。

ブログもおあずけ。

結果、平均週3〜4日、一日6〜8時間を確保(時間って作ればあるんだ!)。
平日がんばって、週末はバイトを入れず、卒論も置いてゆっくり休む。

え、就活?そんなものは、学期の最初に一番最初にリストから消しました。
卒業後のことは卒業してから考えればいい。

●○●○

書き始めるまでも大変でしたが、書いている最中も同じくらい大変でした。
「まだここリサーチできてない」とか「この文ひどいよ!」とか「こんなの見せられない」とかなんとか、
頭の周りを飛び回るハエみたいに思考が邪魔をする。
その声に耳を傾けてしまうと、手が止まってしまう。

ほんとに、最大の敵は自分自身ですね。
この卒論の最大の障害物は、まちがいなく自分自身。

自分の直感的なアイディアを信じて、計算しすぎない。
あれこれ考えないで書く。
そうして書いたものが、教授に「このアイディアいいね!」とか「うまく書けてるね!」とか認めてもらえると、
ひらめきを信じていいんだなと思えるようになり、少しずつ書く自信がついていきました。
そうすると、自分の批判的な声を跳ね返すことができます。

もう一つ、私の癖は、下書きの段階から、たった一つの単語、文、段落に、1時間も2時間もかけてしまうこと。
その文を消してしまうかもわからないのに。

なので、今回ドラフトを執筆している間は、単語に悩むのは3分まで、どんなひどい文でも文法がめちゃくちゃでもとりあえずアイディアがなんとなく伝わっていればよし、と、一時的にライティングのレベルを下げて(自分の期待値を下げて)取り組みました。

"Good enough is good enough"
"A good thesis is a done thesis"
と、呪文のようにぶつぶつとつぶやきながら、とにかく書き進める。

そうそう、そしてもう一つ。
リサーチをしすぎないことも締め切りに間に合わせるためのポイントでした。
特に下書きを書いている間は、教授にリサーチ禁止令を出されたので。
なぜかというと、私はリサーチを始めると、この本も読んでみよう、あの論文も読まないと、この著者のことも調べてみよう、云々、止まらなくなっちゃうんですよね。
「リサーチができてから」と思うと、書く作業が進むわけがないんです。
「もうリサーチは十分だから、とりあえずこれ以上調べないで今知っていることを書きなさい」と言われ、禁断症状に悩まされながらも(笑)その場で調べたい・読みたい気持ちをぐっとおさえて「後で調べることリスト」に追加するのみ。

そうして下書きを提出し、フィードバックをもとに書き直しに入ってから、読みたかった本や論文を「戦略的に」使いながら、足りないものを補うようにリサーチをして原稿に反映させていきました。

●○●○

結果的に自分でも大満足の卒論ができあがったのですが、
結果と同じくらい、それかそれ以上に、プロセスが大事だったと感じます。
賞賛されるべきは、今の自分ではなくて、最後Defenseで守りきった自分でもなくて、
疲れていても図書館に向かった自分の方。信じて書き続けた自分の方。

友達が、私の論文を読んで、夜中の3時過ぎにこんなメールを送ってくれました。
そのときは期末試験の真っ最中で、最初の数ページだけ読んでみてから勉強に戻ろうと思ったけど、読み始めたら止まらなくなって結局最後まで読んでしまったのだと。
勝手に一部転載します。
"I am honored that you have shared this with me and grateful that you have shared this with the
world (or the [college] community, at least)."

誰かに、そんなふうに言ってもらえるなんて夢にも思わなかった。
自分のために書いた、自分勝手な論文が、たった一人でも、その人の心に届いたなら、そんなに嬉しいことはない。

書いてよかったと心から思いました。

○●○●

で、何について書いたんですか、という質問が聞こえてくるような気がします。
簡単に言えば、「英語を学ぶ、教える」ということに関して、その意味を再考した、とでも言いますか。
興味がある方がいらっしゃれば、コメントをくださればリンクをお送りします。
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卒論を書く理由

気がついたら前回の投稿から1ヶ月近く経ってしまいました!!
もう春満開!というか夏です。緑が眩しい。

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(↑ 先週Northamptonでおこなわれた Pride Parade)

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学期末に向けて毎日が慌ただしく過ぎて行き、
5月に入って授業が終わり、期末試験も終わって、
また一つの学期が無事に幕を閉じました☆

来週には日本から家族がやってきて、
今度の日曜日には卒業式(!)です。
…といっても私はまだ正式には卒業しないのだけれど。。

***

卒論が必修の日本の大学と違って、
アメリカは(全部かどうかわかりませんが私の大学は)選択制。
Senior Thesis(卒論)は書きたい人が書くもので、
ある教授曰く「卒論を全員に課すなんて学生にとっても教授にとっても時間と労力の無駄」。
むしろ、一定の条件をクリアし成績優秀でないと書かせてもらえない、書いても卒論と認められないという厳しさ。

そこまで打ち込みたいと思えることがなくて、
卒論はいいや、と思っていた私に、

…やっぱり書いてみたいかも…。

その気持ちがほんのり芽生えたのは先学期の終わりで、
卒論を書くかどうかが卒業時期を左右するという状況にいた私は、
卒業時期を伸ばして卒論に取り組むか、書かずに3年半で卒業するか、ずいぶん迷いました。

「卒業」が手を伸ばせば届くところにやってきて、初めて残り時間の少なさを実感したとき、
「大学でやりたかったこと」を果たして全部やりきっただろうか?という疑問が生まれました。
大学卒業は、同時に、アメリカを去るということでもある。

いやいや、この場所が心地よくなって、去りがたくなっただけじゃないの?
私の考えなんて、誰かに読んでもらう価値があるの?
大学レベルの研究なんて、時間とお金をかける価値があるの?
大学なんてさっさと卒業して次に進むべきじゃないの?

悶々。

でもこれまでは、与えられた課題をこなすだけ、
書けと言われたことを書くだけ、
求められている答えを与えるだけで、

何を読むべき、何を考えるべきか、
誰かにagendaを渡されるのではなくて、
自分が決めて、
私が大事だと思う問題に、ちゃんと向き合ってみたいと思った、のです。

自分の考えをちゃんと文章にしてみたい。
そして、英語でどこまで書けるか、やってみたい。

価値があるかどうかは、他人に決めてもらうのではなくて、
きっと自分が決めるべき。

卒論というend productのためにやるのではなくて、
書くその過程にこそ価値がある。

そう決めて動き出したプロジェクト。
授業を取るのとはまるで違う。進み方も、学び方も。
「なんでこんな大変なことに手をつけたんだ」と嘆く度に、
「これは私が自分自身に与えたチャンスだ」と言い聞かせる。

そんなわけで、
夏休みは、一時帰国したあと、
3ヶ月ブータンに行ってきます☆

NEWCA Conference

先週末、ニューハンプシャーの大学でおこなわれたNorth East Writing Centers Association (NEWCA) Conference に行ってきました。
その名の通り、アメリカの北東部のライティングセンター関係者が集まるconferenceです。
300〜400人くらい来てたかな?

〜〜ライティングセンターとは〜〜
学生が「書く」スキルを身につけることに重点がおかれているアメリカの大学や高校の多くに、学部から独立した「ライティングセンター」という機関が設置されています。
一言で言えば、レポートや論文作成など「アカデミックライティング」のサポートをする場所で、学部生や院生がメンターとして働いています。

「何について書いたらいいんだろう?」とアイディアを出す段階から、
「集めた情報をどんなふうにまとめたらいいだろう?」と文章の構成を考える段階、
「文法的に正しいか?スペルミスはないか?」と文章校正をする段階まで、
「書く」というプロセスを全般的にサポートするのがメンターの役目です。

「書くのが苦手」という人も、英語が母国語ではない留学生も、書くのは得意だけど誰かの意見が欲しいという人も、ライティングセンターにやってきます。
編集してあげるのではなくて、効果的に書けるようになるためのアドバイスをするのがメンターの役目で、
一人一人の学生のライティングスキルを育成することが目的です。

センター内で、1対1の個別指導をするのが基本のスタイルですが、
メンターが教授と組んで特定のクラスをサポートしたり、
リサーチのしかたや論文の書き方についてのワークショップを開いたりと、
サポートの形はさまざま。

私の大学も含めて、ライティングセンターで「スピーキング」のサポートをおこなう大学も増えてきています。
〜〜〜〜〜〜

土日にかけて二日間、

・大学におけるライティングセンターの役目がどう変わってきたか?
・教授とどのように連携するべきか?
・大学が国際化し英語を母国語としない留学生が増える中で、ライティングセンターでは留学生に対しどのようなサポートをおこなうべきか?
・ライティングセンターで、どのようなスピーキングのサポートができるか?
・ライティングセンターはどのように地域に貢献できるか?

…などなど、様々なテーマのプレゼンがあり、活発な議論が交わされました :)

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↑ 一緒に行った学生と、メイン会場で

このconferenceに初めて参加したのは二年前、私がまだメンターになるためのトレーニングを受けているときでした。
2度目の参加になる今回は、初のプレゼンターとしての参加^^

今インターンをしているNGOの代表と一緒に、「ジェンダー」がスピーキングやライティングにどんなふうに影響するか、それについて教育者ができることは何か、というようなことについてワークショップをおこないました。

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↑ プログラム

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↑ 開始前、ワークショップ会場で

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↑ 途中、参加者に協力してもらい「ディスカッションでよく起こること」の再現スキットをしました

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↑ ワークショップ終了後、ディレクターと二人で


一緒に行った同じ大学・インターンの二人は、2年前、大学の近くの高校にライティングセンターを設立(!)しディレクターをしている学生で、その経緯や、大学と高校のライティングセンターの提携がどうしたら可能か、持続可能な関係を築くために何が必要か、などについてプレゼンしました。

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↑ 会場の前、4人で

たくさんインスピレーションをもらって帰ってきました☆
充実した週末でした^^


英検1級までの道のり〜番外編〜

先日、偶然こんなブログを見つけました。

「英検1級1ヶ月突破 リスニング対策」

「この英検1級1ヶ月突破では、リスニングは捨てます。」

なに??

「理由は簡単です。
勝てないし、勝った(=満点レベル獲得)としても、大した点数にならない。
リスニングは、29点でやはりそこそこ配点がありますが、時間をかければ、点数が飛躍的に伸びるものでもない。もっと時間をかければかけただけ点数が上昇する語彙・作文に力を注ぐべきです。リスニングに関しては、半分位取れればラッキー、そして最低でも3割取れればよしとするか。と思い切り割り切って、リスク取って行くべきです。その分のリスクを補えるだけのリスクヘッジが語彙と作文です。リスニングは捨てる事が対策です。」

と書いてありました。

わお。私と正反対。

私の思考は、

「語彙は、25点でやはりそこそこ配点がありますが、時間をかければ、点数が飛躍的に伸びるものでもない。もっと時間をかければかけただけ点数が上昇するリスニング・長文に力を注ぐべきです。語彙に関しては、半分位取れればラッキー、そして最低でも3割取れればよしとするか。と思い切り割り切って、…」

なぜか?

それは、リスニングと読解をやれば語彙は必ずついてくるからです。
語彙だけ勉強している(意味を暗記する)のでは、読む力も聞く力もつかない。
私が、文脈なしに単語の意味を掴むことができないので、
語彙に特化した勉強は横においやったわけです。

ほんと、人によってアプローチ方法が違うんだな〜と思った瞬間でした。

TOEFLの話。〜ノートの取り方〜

iBTの特徴の一つは、リスニングを含む問題ではノートを取ることが許されていることです。
ノートは採点の対象にはなりませんが、一つ一つのリスニングが3〜4分と長めなので、情報を整理しつつ後で見やすいノートを取るスキルが鍵となります。

わかりやすいノートは、リスニングセクションだけでなくて、
どちらかというとスピーキングとライティングのセクションで特に必要になります。
なぜなら、レクチャーを聞いて、それを口頭で要約したり、関連した記事を読んでレクチャーと比較して小論文を書いたりしなければいけないからです。
選択問題は記憶でどうにかなったとしても、要約や小論となるとそうはいきません。

本番の試験で使うのは線も何も入っていないA4の白い紙(何枚でも使ってOK)なので、練習のときも同じものを使うことをおすすめします。

iBTの勉強を始めたばかりの頃は、特にノートの取り方を意識することもなく、
授業で大学ノートにメモを取るようにキーワードやフレーズを書いていきました。
聞こえてくるままに、ただ紙の上から下に向かって。

けれど、それではいざ問題を解こうとしても必要な情報がどこにあるのかすぐに見つけられないと気づきました。
ノートを取っているときは何となく話が頭に入ったように感じても、細かいことを思い出そうとして後から見返したときに、そのノートはたいして役に立たなかったのです。
だいたい、解答時間は限られているので、じっくりとノートを見返す時間なんてありません。
一瞬で欲しい情報が探せるように整理されていないと意味がないのです。

そう、気づいてから、ノートの取り方をいろいろ変えて試してみました。

ある人から勧められて、最初試したのは「マインドマップ」。
紙を横長に使って、中央にキーワードをおいて、そこから関連する情報を放射状に書いていくやつです。

こういうの ↓
MindMapGuidlines.jpg

この方法の良いところは、ひとつひとつの情報の関連性を考えさせられることだと思います。
「考えながら聴く」エクササイズにはなるのですが…。
きれいなマップを書くことの方に気がとられて話に集中できず、しかもあまり見やすくない。
という結論にいたりこの方法はあきらめました。

結局落ち着いたのは、線を引いてA4の紙を縦半分に分けて、
左半分に major idea、右半分に minor idea を書き入れていくという方法でした。

左側にコンセプトの名前、右側に定義
左側に中心となるアイディア、右側にその具体例
という具合に。

ほとんど必ず、レクチャーの最初に「今日は○○について2点話します」とか「これについては3つの説明があります」とか、ポイントがいくつあるかを明確にしてくれるので、それを聞き逃さないようにします。

そして、「一つ目のポイントはXYZです。例えば…」と説明が始まったら、
紙の左側に ① XYZ と書き、右側に具体例を書き入れる。
「二つ目のポイントはABCで…」と、次のポイントに移ったら、
左側に ② ABC と書き、右側にその例や説明を書いていきます。

レクチャーではなく会話の場合は、左と右で話している人を分けて、誰が何を言ったかわかるようにしました。

こうすると後から見てもわかりやすいし、マインドマップほど複雑でもないのでノートを取りやすい。と私は思います^^

ちなみに紙は、一つのレクチャーor会話につき一枚のペースでゆったり使いました。

ということで、皆さんもぜひいろいろ試して、自分に合うノートの取り方を見つけて下さい♪
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