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Sumire

Author:Sumire
札幌生まれ札幌育ちの道産子。道内公立高校を卒業し、2010年1月渡米、スペイン語を専攻し、2013年12月卒業。
趣味は外国語の勉強とタップダンスと行き当たりばっ旅。在学中に4つの外国語を学び、アメリカを拠点に6カ国で生活しました。座右の銘は「思い立ったが吉日」今日も気ままに生きてます。


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女子大に行く意義

"It is not a girls' school without men but it is a women's college without boys."

女子大に行っている、という話をすると、
「なんで今の時代に性別で入学を分ける必要があるの?女子大が存在する意味がそもそもわからないしそこに行く人の気が知れない。」

そんなコメントを、入学前から卒業後まで、今までたくさんの人にいただきました。

なんで女子大を選んだの?という質問は、受験を検討中の高校生から新入生、他の大学の学生やインターン先の上司にまで、頻繁にきかれます。

自分の母校に存在価値がないと思ってほしくありませんし(笑)、今日は女子大の意義について、今思うことを書きます。

と言っても、出願時・入学前から女子大へ行く意味をわかっていたわけでは全然ありませんでした。女子大に対する考えは、この4年間で大きく変わっていき、少しずつ自分なりの意味を見いだしました。クラスメートの中でも、考えは本当に人それぞれです。

***

なぜ女子大に出願したか、という話からすると、二つ理由があげられます。

一つは、初めてアメリカの大学見学をしたときに、Wellesley College(ヒラリー・クリントンの出身大学)を訪れたこと。
かなりの名門大学で、自分がその大学に行くことは想像すらできなかったのですが、印象はとても良かったので、こんな大学に行けたらな〜と思ったのです。
それまでは、共学しか頭になかった(というか共学も女子大も考えたことがなかった)のですが、
そのとき初めて、女子大という選択肢があることを知りました。

二つ目は、大学に合格するための戦略的な手段。
女子大となると、出願者・入学希望者が、共学と比べてとっても少なくなるんです。それは、男子が出願できないからというだけでなく、女子でも希望する人が多くないから。
ようするに、合格する確率が高くなるんです。

アメリカの大学にもランキングがあるのですが、アイビーリーグを含め、"Highly Selective" とか "Highly Competitive" と言われる、いわゆる最難関校に挑戦する場合、倍率が共学だと100分の1くらい、女子大だと10分の1、という感じ(統計を見た訳ではないので、あくまでも感覚的な話)。
学問的なレベルが同じなら、競争率が低い方を選ぶのは理にかなっていると思いませんか?

結果、出願した7校(女子大2校)のうち、一番名門校で(笑)、かつ資金援助が一番多かった今の大学を選びました。
なので、女子大の歴史的な意義だったり、政治的な意味は全く頭になく、戦略的に、策略的に女子大を選んだのです。
あとは、華やかなイメージとか、キャンパスと寮の中がキレイとか、男性にモテそうとか(笑)。

***

卒業した今では、女子大を選んでよかったな、と心から思います。
仮に共学に行っていたら、それはそれで、充実した大学生活を送ったことに違いはないのですが、
女子大に行ったから何かを miss out した、在学中にするべき経験を逃してしまったとは思っていません。
むしろ、女子大に行ったからこそ得たものがとても大きいんです。

その得たものを、言葉で説明をするのがとても難しいのですが、
別の女子大を卒業した友達(アメリカ)の言葉を借りるなら、「女性としての自分自身と前よりうまく付き合えるようになった」ということに尽きるのかなと。

女性というジェンダーをまとって社会の中で生きる難しさと課題を以前より理解して、その中を進んでいくための戦略と、自信を培った、ということかもしれません。
ううん、単に「女性」であるだけじゃなく、自分の「リーダー」としての能力を認められるようになること。
他の女性を、「リーダー」として認められること。
男性のようになろうとするのではなくて、もっと女性らしくなろうと社会に求められた型に自分をはめこもうとするのでもなくて、自分らしくいて、自分らしいリーダーシップのあり方を模索する勇気。
そして、これからもお互いを支え合える女性リーダーのコミュニティネットワーク。

そういうものを、この大学で得たのです。
それは何にも替えられません。

***

以前こんな統計を耳にしました。
アメリカ国内の大学の中で、女子大の割合はたったの2%。
けれど、女性議員の20%以上、そして企業でリーダーとして活躍する女性の30%以上が女子大の出身なのだとか。

女子大の数は年々減っていますが、まだまだ女子大の果たす役割は大きいのではないかと私は思います。


参考:What's in a Women's College?
http://www.forbes.com/sites/rachelhennessey/2013/02/06/whats-in-a-womens-college/
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秋学期を振り返る

ちょっと時間を巻き戻して、秋学期について振り返ってみようと思います。
「卒論を書くため」に自分自身に与えた時間。
この最終学期は、自分への贈り物だと思いました。
だからこそ大切に使いたい。

でも、肝心の卒論の方はというと、9月にブータンから帰ってきたとき、実は完全に道を見失っていたというか、やる気を失っていたというか…。
ブータンでやるはずだったフィールドワークも思うように進まず、リサーチも不十分で、何が書きたかったのか、何が書きたいのか、もう全然わからない。
続けたいかどうかさえ、疑問。
そんな状態で秋学期がスタートしました。

アドバイザーのR教授にその気持ちを正直に話すと、
「卒論として認められるまでにはいろいろな要因が関わっているから(教授のスケジュールの都合とか)、もし卒論にならなくても君のせいだけじゃないからプレッシャーを感じなくていいよ。とりあえずそれを目指して書いてみて、だめだったら長いリサーチペーパーになるというだけだよ」と、慰めともあきらめともつかないことを言われ。。

完成図が描けず、遅々として執筆が全く進まないまま9月が過ぎていきました。

●○●○

9月いっぱい、ほとんど卒論に手がつけられなかったのにはもう一つ理由があって、
それはキャンパスのバイト3つとインターンシップに週25〜30時間ほど費やしていたから。
今学期になって初めて、近くの高校のライティングセンターの指導をするポジションについたのですが、それが私の時間とエネルギーをすっかり奪っていたのでした。

一度引き受けたからには、最後までやり通したい。
でも、現実は、バイトと卒論を全く両立できていない。

どうしよう、どちらかをあきらめようか、でもどちらもあきらめられない、、悶々。
いつも、バイトを優先してしまうのは、それが自分にとって本当に一番大切だからなのかな、
それとも、他人に迷惑をかけないために、約束を守るためだけにやっているのかな。
今、本当にこの仕事に情熱を感じているのかな。
自分との約束(卒論)と他の人との約束(バイト)どっちが大切かな。
悶々。

でも、よくよく考えてみると、バイトとインターンシップを簡単に切り捨てられなかった理由があって、それは、
最後の学期、自分の研究にももちろん取り組みたいけれど、大学内外のコミュニティに貢献したいという気持ちが強くあったからなのです。
それに、バイトとインターンは、誰かの役に立っているという実感や、人に感謝されるという形で、自分の仕事の成果がすぐに形となって表れて自分にかえってくる。

卒論は、地味で、やってもやらなくても、誰にも迷惑もかからなければ、成果がすぐに表れるということもない。
感謝ももちろんされない。

弱い心がむくむくと大きくなって、
卒論、やめよっかなー。。。
いやでも、卒論を書くために大学に戻ってきたんだから、今さらやめるとも言えないし…(かっこつけたがりなので)。

●○●○

もう一つ、卒論に力を出し切れなかったのは、心理的な壁のせいでした。
内容にも、自分の書く能力(英語)にも、全然自信がない。
「書く」ということに真剣に向き合うのが怖かったのかも。
「卒論」という形にばかりとらわれて、自分にプレッシャーをかけすぎていたのかもしれません。

でもその気持ちをアドバイザーや何人かの友達や教授に話してみると、
卒論は別にlifeworkじゃなくていいんだよ、と。
卒論が私の存在価値を決めるわけじゃない。書く能力を決めるわけじゃない。
うまく書けても書けなくても、今いる場所から、踏み出さなければいけない最初の一歩なんだよ、と。

R教授に言われました。
形にとらわれなくていい。
これまで学んだ「アカデミック」な文章の書き方のルールを忘れなさい。
「卒論はこうでなくてはいけない」という考えを捨てなさい。
期待に添えようとしなくていい。
自分を解き放ちなさい。自分自身に書く権利を与えなさい。
"Free yourself. Allow yourself to write. Write from your heart."

●○●○

方向性が定まらないまま、でも書きたいという気持ちが少しずつ戻ってきたところで、9月末。
卒論の草稿の提出締め切りまで1ヶ月。

もう本当に書き始めないと間に合わない!
やっぱりここであきらめたくない。

決心を新たに、9月の反省を活かして、自分の時間の使い方と優先順位を見直しました。

バイトもインターンも続けることにしましたが、シフトを減らして、私がやる必要のないことはすべて他の人にまかせることにしました。
ミーティングも、全部時間制限を設けて、だらだらと仕事をしない。

それから授業を一つ減らしました。

あと、もう一つ時間を取っていたのがメールや携帯チェックだということに気づきました。
メールの時間を決めて、緊急のメール以外は返さない。
Mailアプリを起動しない(メールが来るたびに読まずにいられないから)。
携帯もサイレントモードに切り替えて、電話も出なければテキストも返さない。

自分のパソコンで作業するといろいろ他のことを始めてしまうので、卒論に取り組んでいる間は学校のパソコンを使う。

ブログもおあずけ。

結果、平均週3〜4日、一日6〜8時間を確保(時間って作ればあるんだ!)。
平日がんばって、週末はバイトを入れず、卒論も置いてゆっくり休む。

え、就活?そんなものは、学期の最初に一番最初にリストから消しました。
卒業後のことは卒業してから考えればいい。

●○●○

書き始めるまでも大変でしたが、書いている最中も同じくらい大変でした。
「まだここリサーチできてない」とか「この文ひどいよ!」とか「こんなの見せられない」とかなんとか、
頭の周りを飛び回るハエみたいに思考が邪魔をする。
その声に耳を傾けてしまうと、手が止まってしまう。

ほんとに、最大の敵は自分自身ですね。
この卒論の最大の障害物は、まちがいなく自分自身。

自分の直感的なアイディアを信じて、計算しすぎない。
あれこれ考えないで書く。
そうして書いたものが、教授に「このアイディアいいね!」とか「うまく書けてるね!」とか認めてもらえると、
ひらめきを信じていいんだなと思えるようになり、少しずつ書く自信がついていきました。
そうすると、自分の批判的な声を跳ね返すことができます。

もう一つ、私の癖は、下書きの段階から、たった一つの単語、文、段落に、1時間も2時間もかけてしまうこと。
その文を消してしまうかもわからないのに。

なので、今回ドラフトを執筆している間は、単語に悩むのは3分まで、どんなひどい文でも文法がめちゃくちゃでもとりあえずアイディアがなんとなく伝わっていればよし、と、一時的にライティングのレベルを下げて(自分の期待値を下げて)取り組みました。

"Good enough is good enough"
"A good thesis is a done thesis"
と、呪文のようにぶつぶつとつぶやきながら、とにかく書き進める。

そうそう、そしてもう一つ。
リサーチをしすぎないことも締め切りに間に合わせるためのポイントでした。
特に下書きを書いている間は、教授にリサーチ禁止令を出されたので。
なぜかというと、私はリサーチを始めると、この本も読んでみよう、あの論文も読まないと、この著者のことも調べてみよう、云々、止まらなくなっちゃうんですよね。
「リサーチができてから」と思うと、書く作業が進むわけがないんです。
「もうリサーチは十分だから、とりあえずこれ以上調べないで今知っていることを書きなさい」と言われ、禁断症状に悩まされながらも(笑)その場で調べたい・読みたい気持ちをぐっとおさえて「後で調べることリスト」に追加するのみ。

そうして下書きを提出し、フィードバックをもとに書き直しに入ってから、読みたかった本や論文を「戦略的に」使いながら、足りないものを補うようにリサーチをして原稿に反映させていきました。

●○●○

結果的に自分でも大満足の卒論ができあがったのですが、
結果と同じくらい、それかそれ以上に、プロセスが大事だったと感じます。
賞賛されるべきは、今の自分ではなくて、最後Defenseで守りきった自分でもなくて、
疲れていても図書館に向かった自分の方。信じて書き続けた自分の方。

友達が、私の論文を読んで、夜中の3時過ぎにこんなメールを送ってくれました。
そのときは期末試験の真っ最中で、最初の数ページだけ読んでみてから勉強に戻ろうと思ったけど、読み始めたら止まらなくなって結局最後まで読んでしまったのだと。
勝手に一部転載します。
"I am honored that you have shared this with me and grateful that you have shared this with the
world (or the [college] community, at least)."

誰かに、そんなふうに言ってもらえるなんて夢にも思わなかった。
自分のために書いた、自分勝手な論文が、たった一人でも、その人の心に届いたなら、そんなに嬉しいことはない。

書いてよかったと心から思いました。

○●○●

で、何について書いたんですか、という質問が聞こえてくるような気がします。
簡単に言えば、「英語を学ぶ、教える」ということに関して、その意味を再考した、とでも言いますか。
興味がある方がいらっしゃれば、コメントをくださればリンクをお送りします。

卒業&帰国

とうとうこのときが来てしまったか…。

9月頃までは「I'm done」と思っていつでもさらっと卒業できそうな心境だったのに…。
この一学期でこの大学への愛情がずいぶんと深まりました。
どうしよう、離れたくないよう。

12月卒業は何のセレモニーもなく卒業証書もなく、あっけない。(証書は5月に送られてきます。)
入学も卒業も時期がずれたけど、まあいっか。

早く卒業する vs. 一学期伸ばして卒論を書く。
7、8割の人に早く卒業しちゃいなよと言われた。
2、3割の人にはどっちでも良いから好きな方にしたらと言われた。

残るという決断をして良かった。


defense.jpg
↑ 卒論のdefenseのようす

defense2.jpg
↑ "Congratulations, you passed!" 卒論committeeの教授3人と。


卒業を前にして、いろいろ、今までお世話になった教授などに挨拶に行ってお話をすると、
あ、この人、私のこんなところを見ていてくれたんだ、と嬉しい驚きがあったりする。

英語のクラスで「A」をもらったペーパーを書き直して再提出したことだとか(そんな学生には今まで一度も出会ったことがないらしい)。
人類学のクラスで書いたペーパーがどんなスタイルで書かれていたかだとか。
どんな姿勢でキャンパスの仕事に取り組んできたかとか。

もう4年近く前の話、私が一年生のときのことなのに。
そんなことまで覚えてくれてたの、と思うようなこと。
ああ、ちゃんと見ててくれた人がいたんだ。
たくさんいる生徒の中の一人で、たくさんあるペーパーの中の一つで、
私の書くことなんて取るに足らないものだと思ってたけど、
努力を見ててくれた人がいたんだ。こんなに。

大学に戻りたくないとか、授業に行きたくないとか、
思ったこともたくさんあったけど、
なんだかんだ言って私本当にこの場所が好きだったんだな。
寂しくなるな。
しんみり。


留学には一区切りつきますが、外国語の勉強も、旅も、これからも一生続ける予定なので、
ブログも続けていこうと思います。

次は、どこに向かおうかな。

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